論理の森の原則
論理の森は、作品、人間関係、議論、事業、企業の課題など、さまざまな「考えたいこと」を扱う場所です。
ここでは、誰かにとって都合のよい答えを出すことよりも、事実と論理をもとに、現時点でより妥当な結論に近づくことを大切にします。
そのために、論理の森では以下の原則を共有します。
1. 人ではなく、主張を考える
評価するのは、その人の人格や属性ではなく、主張・根拠・行動・意思決定です。
「誰が言ったか」ではなく、「何を言っていて、それは妥当なのか」を考えます。
意見が間違っていることと、その人自身の価値は別の問題として扱います。
2. 事実・推測・価値判断を分ける
議論では、
- 確認できる事実
- 事実から導いた推測
- 個人の価値観による判断
をできる限り区別します。
分からないことを、分かったこととして扱いません。
情報が足りなければ、「現時点では判断できない」も一つの結論とします。
3. 結論より、そこに至る理由を大切にする
論理の森では、結論だけではなく、なぜその結論になったのかを重視します。
前提、論点、根拠、推論、反証まで可能な限り明らかにし、他の人が結論に至る道筋を検証できる状態を目指します。
4. 自分に都合の悪い反論ほど検討する
自分の考えを支持する材料だけを集めません。
反対の立場から見たときに最も強い反論は何かを考え、その反論に耐えられるかを検討します。
自分の考えが間違っていた・より妥当な仮説が提唱されたときは、それを負けとは考えません。
どの前提・どの分岐で間違えたのかを見つけ、考えを更新することを価値とします。
5. 無理に白黒をつけない
世の中の問題には、明確な正解が存在しないものもあります。
また、目的や立場が変われば最適な答えが変わることもあります。
その場合は、
- 「誰にとって」
- 「何を目的として」
- 「どの条件なら」
という前提を明確にした上で考えます。
五分五分なら五分五分、分からなければ分からないとします。
6. 一つの事例を、不必要に一般化しない
一人の行動から「男性は」「女性は」「経営者は」などと集団全体を決めつけません。
一般化する場合は、それを支える根拠があるかを確認します。
作品、恋愛、レスバ、事業など、どのテーマでも同じ原則を適用します。
7. 批判は歓迎する。攻撃は目的にしない
反論、批判、異なる仮説は、より良い結論に近づくために必要です。
一方で、
- 侮辱
- 晒し上げ
- 個人攻撃
- 嫌がらせ
- 相手を傷つけること自体を目的とした行為
は、論理の森が目指す議論とは異なります。
強い反論と、強い言葉は別物です。
8. 根拠の強さに応じて、結論の強さを変える
十分な証拠がないのに断定しません。
根拠が弱ければ「可能性がある」、複数の根拠が揃えば「可能性が高い」というように、確信度も含めて表現します。
新しい事実が判明すれば、過去の結論も更新します。
より強い根拠が示されたときに結論を更新できることは、論理的態度として優れていると考えます。
9. 専門性の限界を明らかにする
論理だけでは答えられない問題があります。
法律、医療、技術、特定業界など、専門知識が結論を左右する場合は、その限界を明示します。
分からない専門領域を、論理だけで知っているように語りません。
必要であれば、専門家や追加情報を求めます。
10. お金を払っていただいた場合でも、結論を購入できるわけではない
依頼者、企業、スポンサーなどから対価を受ける場合でも、結論そのものを販売することはしません。
依頼者が望んでいる答えと、論理の森が妥当だと考える答えが異なる場合もございます。
協賛や依頼など利害関係がある場合は、それを明らかにします。
対価は「考えること自体+そのアウトプット」に対していただく仕組みにいたします。
論理の森が目指すこと
論理の森は、誰か一人が正解を教える場所を目指しているわけではありません。
一つの問いに対して、さまざまな事実、仮説、反論、価値観が集まり、それぞれを検討することで、少しずつより良い答えに近づいていく場所を目指します。
- 根拠を示せる人。
- 反論を受け止められる人。
- 間違いに気づけば考えを変えられる人。
- そして、他人の考えによって自分の考えをより良くできる人。
そんな人たちの思考が集まる場所を、論理の森はつくっていきたいと考えています。
